寡黙なイメージがある日本犬だが、愛嬌いっぱいに看板犬をこなす犬もいる。そんな日本犬と出会うために、和歌山の動物園と京都の老舗和菓子屋を訪れた。
和菓子屋の四国犬
ふく（オス・13歳）
四国犬を飼い始めたのは、飼い主であるゆう子さんのお父さんが友人から譲り受けたのがきっかけ。愛嬌のある愉快な性格。男性より女性が好きで、かわいがられると大喜び。
お店の前でパチリ。趣のあるのれんの前でかっこよくポーズ。
京生菓子司 松彌
営業日／火曜日～日曜日（10:00 ～ 18:00）
定休日／月曜日、第３火曜日、年末年始、お盆
住所／京都府京都市中京区新烏丸通二条上ル橘柳町161-2
京都市にある松彌は、明治二十一年創業の和菓子屋だ。店内のショーケースに並ぶ、繊細な色遣いの京菓子は、職人の國枝純次さんが創作したもの。趣味の山歩きやサイクリングで目にした情景を再現している。
紅葉した高雄山。鴨川の上空を飛ぶツバメ。そういった四季折々の自然の美を保存した、まるで芸術作品のような京菓子に目を奪われる。そんな名店の看板犬は、代々四国犬が務めているのだという。
松彌の店先に到着すると「くーんくーん」という子犬が甘えるような声と共に、四国犬が奥から登場。がっしりした体から伸びる長い足が凛々しいが、口角を上げ笑っている。
「うちの犬はすごく甘えん坊だし、留守番も苦手なくらい寂しがり屋なんですよ」と飼い主の國枝ゆう子さんは笑う。
ふくは四代目の看板犬だ。「ふく」という名前も代々受け継いでいる。歌舞伎の襲名のようだ。ご近所でも、四国犬がいる和菓子屋として知られている。
好きなものは鯖寿司。鱈、鯵などの焼き魚も好む。もちろん和菓子も食べる。さすが和菓子屋の犬だ。
「食べ物をもらう時だけは、我慢強くなりますね。いつまでもマテができますよ。ふくは、基本的にお店と併設されている家の中にいます。仲良しな人がお店に来て、名前を呼ばれると、ほいほい出ていくんです」
オテやマテなども朝飯前。ふくは芸達者なのだ。
理想の和菓子を作るために、抜型や木べらなども手作りしているという純次さん。
松彌の和菓子は職人の情熱が宿っている。だからこんなに美しい。
和菓子のにおいを嗅ぎ、食べられるかチェック。
散歩をしたり、仕事をしたり楽しく愉快な毎日
早朝に散歩。5時30分から1時間ほど近所を歩く。いろいろな人に声をかけられ、ふくもうれしそう。その後は、みんなが仕事をするので自宅でのんびり。時々お客さんに呼ばれ、かわいがられるために店先に出る。時間のある16時から18時まで長めの散歩に。その後は家族と一緒にゴハン。食べた後にうとうとしていると、甘えたいのか近寄ってくる。夜も散歩に行き、眠りにつく。
福を呼ぶ四国犬と、絵画のような京菓子は日本が誇る伝統の美
純次さんはゆう子さんの叔父にあたる。家族の一員として頑張るふくを、溺愛している
先代の三代目ふく。
三代目はマイペースで静かな犬だったが、ふくは感情表現が豊か。「よくしゃべるんですよ」とゆう子さんは言う。
家族が会話をしていると、くんくん鳴いて、参加しようとするそうだ。
「ひとりぼっちが苦手で、店先にいるとうろうろして自動ドアを開けてしまうんです。おとなしくできるのは3分くらい。ウルトラマンみたいやなあと思います」
純次さんが工房で「水もみじ」という和菓子の創作過程を見せてくれた。長方形の容器に寒天を少しずつ流し込み、色羊羹で作った紅葉したもみじの葉を、バランスよく置いていく。そしてまた寒天を少し流し込む。
六つの層を作り立体感を出していくことで、透明な寒天の中にもみじが浮いているように演出できる。緊張感のある作業だが、時折ふくの甘える声が聞こえ、リラックスできるそうだ。
「仕事中の楽しみ。ほんまかわいらしい。オヤツが欲しいんでしょうね」
お店の営業後には、家族の誰かにかまってもらったり、散歩に出かけたりする。仕事での疲れも、ふくがいるから消えてゆく。
「ふくのことで日常にコミュニケーションが増えるので、家族の雰囲気が明るくなりますね。元気に長生きしてくれればそれでいいです」
若々しく幼さもある四代目のふく。これからも、松彌に幸福をもたらしてくれるだろう。
季節によってお菓子の種類は変わる。
また、もみじの色も季節によって変化する。趣深い美学が宿っている。
おしゃべりが好きなふく。必死で何かを伝えようとする様子が愛おしい。
純次さん、母の眞弓さんとゆう子さんに囲まれ、ご満悦のふく。
Text：Daizo Okauchi Photos：Miharu Saitoh
Shi-Ba Vol.134『愛され看板犬がいる所 はたらく日本犬』より抜粋