犬びより

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愛犬を失う悲しみ。誰にでも訪れるペットロスを克服するために(1)

2018/11/04

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もはや愛犬は家族の一員。長年ともに暮らしてきた愛犬を失う悲しみは、誰にでも訪れるものである。したがって、ペットロスは決して他人事ではないのである。その悲しみを克服すること、そして一緒に生きてきた時間を再確認し、愛おしむこと。それが残された家族の最後の勤めである。ペットロスについて今一度、考えてみたい。

 
 

ペットロスとは何か。誤解されている本来の意味

一番はじめに確認しておきたいことがある。それは、ペットロスとは一体なんなのか、ということである。

愛犬を失った悲しみからかなり長い時間立ち直れずにいる人を見て、「あの人ペットロスになったみたい」という使い方をすることが多いのではないかと思うが、果たしてこの使い方、正しいのだろうか。

ここでは「長い間」という言葉に重きが置かれている。逆に言えば、短い期間で悲しみから立ち直った人に対しては、ペットロスとは言わないと考えている方がほとんどではないかと思われる。しかし、それは間違い。ペットロスがまったくないという人はほとんどいない。愛犬を失うこと自体がペットロスであり、その悲しみには「程度の差」こそあれ、誰にでも訪れるものなのだ。

だから、「ペットロスになったらどうしよう」などと考えること自体が問題の本質からずれている。みんなペットロスを体験する、と思っておいたほうがいい。

ただ、その悲しみから立ち直れない状態が続くと問題が生じてくる。先ほど「程度の差」と述べたが、この差が様々な問題を引き起こすか否かの、ひとつの物差しになると考えれば分かりやすいだろう。

今回は、愛犬を失った悲しみの背景にあるものによって、その悲しみが長引いてしまったり、深くなってしまうという点を中心に話を進めて行きたい。

 

ペットロス時の心身の変化

1.行動
涙が止まらない、眠れなくなる、亡くなった愛犬の夢を見るといった症状の他、食欲がなくなったりあるいは逆に過食になったりすることも。また、愛犬との思い出の場所を訪ねたり、遺品を身につけたりという行動が現れる場合と、愛犬を思い出させる場所やものを回避するといったまったく逆の行動が現れる場合もある。愛犬のことを忘れようとして気を紛らわせるために極端に活発になったり、なにもせずにぼーっとしてため息をついたりという行動も現れる。
 
2.身体的感覚
胃が痛くなる、息切れや息苦しさを感じるようになる、関節がこわばってくる、筋肉が凝ったり、筋力が低下する、などという症状が現れることがある。また、軽度の難聴や、じんましんになる場合もある。いずれも数週間で回復するようだ。愛犬の死という現実が、思わぬ形で飼い主の体に現れてくることは覚えておきたい。
 
3.感情
愛犬が亡くなったことで孤独感を感じる。また、怒りの感情も起こりやすい。その対象は獣医師の他、自分自身、さらには健康的な動物を飼っている家族など、広い範囲にわたる。同時に罪の意識や自責の念も現れやすい。気持ちが沈み込んだり、下界の刺激に対して感受性が低下するといった症状も現れることがある。自尊心の低下や、困惑、絶望感などを生じる一方、やっと楽になれたという開放感が現れることもあるという。

 
4.認識・知的活動
愛犬の死を現実のものとして受け入れられない否定的認識。識別能力や判断能力が低下し、他の人の言っていることを性格に判断できないという混乱状態。愛犬に関連した幻覚や幻聴、あるいはあだ愛犬が生きているように感じるという錯覚。集中力の欠如や日常生活における活力の低下。あまり人に会いたくなかったり、時間が長く感じるなど。亡くなった愛犬のことばかり考えたり、亡くなった時のことばかり考えたり話したりすることもある。

 

愛犬を無くした悲しみが長引く要素

・医療に対する後悔
病気で亡くなった愛犬に対して、自分はやれるだけのことをやってあげたのか、という気持ちが生じ、様々な面での後悔が表出ししてくる。ペットロスが長引き、深くなる最大の原因。もっと効果的な治療ができたのではないか、別の獣医師に診せれば良かったのではないか、自分は全力を尽くしたのだろうか等、後悔の種は次々に出てくる。愛犬に対する医療に納得できていなかった場合に、後悔は大きくなる傾向がある。
 
・健康管理に対する後悔
愛犬を病気にしてしまったという飼い主の負い目から生じてくる後悔。同様の病気や介護を体験した他の飼い主と比べて、自分はそれほどのことをできなかった、あるいはその、日常生活の中に配慮が足りなかったから愛犬を病気にしてしまった等、自分を責める材料が大きくなっていき、悲しみもまた大きく重くなってしまう。やれることは人それぞれであるということを常に意識して生活することが大切。
 
・過失に対する後悔
健康管理に対する後悔と重複する点は多いが、その他に不慮の事故等で愛犬を失った場合は自分の注意不足に対しての後悔が生じてくることもある。健康管理への後悔と重なるのは、愛犬の管理は自分がしてあげなければいけなかったのに、それが不十分だったということに自責の念が生まれてくること。
 
・周囲の理解
愛犬を失った悲しみを共有する人がいない場合も、その悲しみがより深く、長期に渡ってしまうことがある。例えば家族の中でその悲しみに対して温度差があると、悲しみは増長される傾向がある。

 

信頼できる獣医師を探すことからはじまる

愛犬を失ったときの後悔にはいくつかの要素がある。その主なものは上述のとおり。その中でももっとも多いのは、医療に対する後悔。愛犬がなくなったあとで、獣医師や動物病院を責めたり、あるいは自分を責めたりすることである。獣医師との間に信頼が築かれていなかった場合に、ペットロスからの回復が難しくなることが多い。

愛犬の医療に関して後悔しないためには、信頼できる獣医師を見つけることからはじめる。病気の症状や検査、診断、治療、そして予後に至るまで、十分に納得のいく説明をしてくれる獣医師を探そう。

医療に対する後悔の背景には、獣医師と飼い主との間のコミュニケーション不足が潜んでいるのである。愛犬の症状がどのようなもので、何を調べるために検査をし、その結果がどうであったかの説明を受け、その上で今後の治療方針を話し合うこと。これらの過程の中に、獣医師の説明が不足していたり、意思の疎通が欠けたりすると、亡くなったあとに納得のできない点が次々と浮かび上がってくるのである。

インフォームド・コンセントがきちんと行われているということが、すべてのはじまりといえる。飼い主は獣医師から十分な説明を受ける権利がある。それと同じくらい大切なことは、説明を受けた上で適切な判断をする義務があるということ。つまり、飼い主は愛犬の病気に関するありとあらゆる情報を知る権利があり、それらの情報をもとに飼い主自身が決断をしなければならないということなのだ。

愛犬には何かを決定する権利も方法もない。飼い主は、愛犬から命を含めた委任状を預かっているということなのだ。そのため、自分たちは愛犬の治療を行うにあたって、目指すゴールは何なのかということを、はっきりさせていおく必要がある。

愛犬のすべてを決めるのは飼い主であり、当然責任も飼い主にある。獣医師はさまざまな選択肢を提示してくれるが、最終的に選択・決定するのは飼い主だ。そのためにも、信頼のおける獣医師を早くから見つけ出しておいて、納得のいく説明をしてもらいながら治療を進めることが、ペットロスから早期に回復するためにも重要なこととなってくる。

その動物病院が高度な医療を提供しているかどうかという点は、この時点では関係があまりない。そのような治療が必要になった時は、必ず専門医を紹介してもらえる。だから、まず一番大切なのは、きちんと話を聞いてくれる人かどうかということ。そして、あまり遠くない場所というのもあげられる。

飼い主にとっても犬にとっても、信頼のおける獣医師に見てもらうことができれば、亡くなった後の後悔を大幅に軽減できるはずだ。

 
最後まで精一杯頑張ることが、必ずしも善であるとは限らない。できることは飼い主によって異なる。自分たちが目指すものをはっきりさせておくことの方が大切なのだ

 
 
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Shi‐Ba vol.52『ペットロスを克服するために 愛犬を失う悲しみ』より抜粋
※掲載されている写真はすべてイメージです。