災害はいつ起こるかわからないもの。被災時は飼い主だけでなく犬もパニックになる可能性が考えられる。いざという時のためにも日頃から教えておくと安心なトレーニングを紹介しよう。
慌てないためにも日頃の関係性が重要になってくる
突然起こった災害。揺れる、物が落ちるなど、普段とは違うことが起きた時にはどうしても慌ててしまうもの。そんな飼い主の様子を見て、犬も何か異常な事態が起きているんだ、と不安を感じてしまう。
「まずは飼い主さんが慌てすぎないことが大切です。できるだけいつも通り、優しく穏やかな態度で犬に接してあげることで、犬は落ち着くことができます」と堀井先生。
ただし、「大丈夫だよ」と犬を安心させられるかどうかは、日頃から絆を深められているかも重要となる。
「犬に頼られる飼い主になることが大切です。日本犬は独立心の強さから自己判断をしがちなところが。災害によって不安や恐怖、緊張を感じた時に、この場所から走って逃げたほうがいいんじゃないかと、犬に判断させてしまうのではなく、飼い主の近くにいるほうが安心できる、抱っこされたほうが安全と思ってもらうのです」
そのためにも、日頃からの接し方はもちろん、災害時だけに限らず、さまざまな場面で役立つトレーニングを楽しく教えていこう。
絆を深めるベース作りに大切「しっかり名前に反応」
日常的に名前を呼ばれたら飼い主に注目し、アイコンタクトをしっかり取れるようにしておけば、お互いの絆が育まれていくというもの。それができるように習慣化しよう。
こんな時慌てない
・ 非常時、名前を呼んだらすぐ注目してもらえる
・ オイデや抱っこなど次に行いたいことへとスムーズに移行できる
POINT
・呼ぶのは必ずいいことの前
・目が合ったらはじめる
日常の中で、叱る時や犬にとって嫌なことが起こる場面では名前を呼ばないこと。ゴハンや遊び、散歩など愛犬にとって嬉しいことや楽しいことが起こる前に名前を呼ぶことが大切。
〈次のステップ〉 頼ってもらう!
犬からの要求に応えすぎないこと
不安な時や困った時に飼い主に頼ってもらうには、日頃から犬の要求に応えすぎるのはNG。犬のペースで物事が進んでいく経験を重ねると飼い主を頼らなくなる。
▼▼▼
飼い主のペースで要求を叶えてあげる
例えば、遊びなどは始めも終わりも飼い主がペースを握っておく。飼い主発信でやりたいことが叶っていく経験を重ねていけば、飼い主を頼っていくようになる。
名前に対していい印象を持たせる
名前への反応が鈍い場合の改善策がある。名前を呼んですぐにおいしいオヤツを犬の口に入れる。これを10回程度連続=1セットとして、1日2~3セット行う。徐々に犬がアイコンタクトを取ってくるので、「名前を呼ぶ→アイコンタクト→オヤツ」の流れにすると、アイコンタクトもしっかり取れるようになる。
足元まで来ることを教えよう「オイデ」
オイデで犬を自分のところへしっかり呼び寄せられるようにしておきたい。大事なのは必ず足元まで来るよう教えること。いざという時のためにも、首輪をつかまれても嫌がらないようにしておこう。
こんな時慌てない
・ 不安がったり、怖がったりしている犬が逃げていかないように、近くに呼び寄せられる
・ 離れた場所に犬がいた場合、呼び寄せて守ることができる
①後ろに下がりながら犬を呼び寄せる
人が後ろに下がると犬はついてくることが多い。確実についてくるなら「オイデ」と言ってから下がる。
②足元まで犬を呼び込む
ごほうびを握った手を足の間に差し出して必ず足元まで犬を呼び込む。この時ごほうびを犬に見せてはいけない。
③首輪をつかんでからごほうびを
犬が足元まで来て首輪をつかむことができたら、ほめて持っていたごほうびを与える。
※首輪をつかまれることが嫌な犬は先に慣れさせておく。
少しずつ慣らしていこう「抱っこ」
抱っこを嫌がる柴犬は多いが、抱っこができると被災時に限らず日常でも役立つもの。犬の様子を見ながら、抱っこされることはいいことだと受け入れてもらうことが大切だ。
こんな時慌てない
・地面に割れ物など散乱して危険な道を歩く場合
・犬の安全を確保したい場合
①抱かれそうな状況に慣れさせる
抱っこできる位置に犬を寄せて体を触りながらごほうびを与え、抱っこする準備に慣れさせる。
②さっと抱き上げる
最初のうちは抱っこしたらすぐに下ろし、少しずつ抱っこの時間を伸ばしていこう。
POINT
自分の体と密着させる
抱いた時に犬の体を安定させることが大事。抱き上げたら、写真のように犬の体が自分の体と密着するように抱えよう。
POINT
他の人からごほうびを
抱っこ=いいことと覚えてもらうために、抱っこしたらすぐに他の人からごほうびをあげてもらう。抱っこしながらだとバランスを崩すので、必ず他の人に協力してもらおう。
NG
抱き上げる時にもたつくと犬は不安に
抱き上げる際もたついてしまうとバランスを崩しやすい。すると犬は不安を感じ、抱っこを嫌がるようになる可能性が。スムーズに抱き上げて。
お気に入りのマットで安心!マットトレーニング
この敷物が好きだな、この上にいると安心できるなというものを作ってあげよう。もしも、いつもと違うクレートに入らなければならない時にも中に敷いてあげれば安心できる。
こんな時慌てない
・いつも使っているクレートを運ぶのが難しく、避難所のクレートに入らなければならない場合
・クレート以外の場所で落ち着かせたい場合
①オヤツを見つけてマットの上をお気に入りの場所に
▼▼▼
犬に見られないように、マットの上に小さく切ったオヤツを散りばめる。ことあるごとにオヤツを散らしておけば「ここに行くといいことがある!」と、やがて大好きな場所になる。
②マットを様々な場所で使う
積極的にマットに乗るようになったら環境を変えてマットを使う。場所が変わってもマットの上で楽しい経験を。
POINT
マットの上でゴハンを食べさせても○
ポジティブな印象を持たせるためには、マットの上でいつものゴハンを食べさせることも有効。そのマットを犬にとって好きな場所、安心できる場所にさせる方法のひとつとなる。
POINT
好きなオモチャを置いて遊ばせても○
マットをお気に入りの場所にするために、日頃から好きなオモチャを置いて遊ばせるようにしてもよい。大好きな場所からくつろげる場所へと変わっていく。
〈次のステップ〉 備えておく
防災セットの中に似たマットをいざという時に、普段使っているマットを持ち出せないこともあり得る。よく似た素材のマットを愛犬用に準備し、防災セットの中に入れておくと安心だ。
安心・安全な場所として活躍!クレートトレーニング
クレートが犬にとって安心できる休息場所になっていれば、普段の生活だけでなく、被災時に少しでも落ち着くことができるというもの。自発的に入るように段階を経て覚えさせよう。
こんな時慌てない
・被災時に自宅待機している場合
・避難所でクレートに入れておかなければならない場合
・車中避難している場合
①中のオヤツを見つけさせる
クレートの扉は外しておき、犬に見られないようクレートの中にオヤツを散りばめたら、犬が自分から入るのを待つ。
②自発的に入り休息するようになる
①を1日2回(朝夕)程続けていくと、オヤツが入っていない時も自発的にクレートに入り休息するようになる。
③扉の動きに慣らす
扉を装着し、閉める方向へゆっくり動かしながら扉越しにオヤツを与える。開ける時にはオヤツを与えない。
※必ず自発的に入るようになってから、扉を閉める練習をする。
④扉を閉めた状態に慣らす
扉の動きに慣れたら、扉を閉める。外からオヤツを与え、閉まっていてもいいことがあると覚えさせる。
マットやクレートに日頃から慣らしておきたい
犬が学習する中に「般化」と呼ばれるものがある。例えば、犬が日頃からお気に入りにしている毛布と似たような毛布を気に入りやすい(類似の反応が起こる)というのが「般化」の一例だ。
なので、ここで紹介しているマットトレーニングやクレートトレーニングを行い、マットやクレートを好きになっている犬は、似たようなものなら、上に乗ったり、中に入ったりできるようになるのだ。
災害時にいつも使っているものを持ち出せなかったとしても、避難先などで似たようなものがあれば、犬も安心して落ち着けるというもの。
どちらのトレーニングにおいても注意しておきたいのが、マットの上に乗る、クレートに入る過程で決して人が介入しないこと。オヤツを散りばめる行為は犬に見られないようにしておきたい。
犬の目の前でオヤツを散りばめたり、犬が乗ったり、入ったりする様子を凝視してしまうと、人がいる状況だといいことが起きると学習したり、注目されていないと行動に移さない可能性がある。あくまでも犬に自発的に行動させることが大切だ。
飼い主に注目して歩かせよう 歩行トレーニング
普段から散歩の際も、飼い主に注目しながら一緒に歩くことが楽しいと習慣化しておくことは大切。そうすれば、どんな状況でも飼い主が一緒なら歩いてくれやすくなる。
こんな時慌てない
・いつもと違う状況の中、歩いて移動する場合
・多くの人や車が行き交う中を歩かなければならない場合
飼い主に注目して一緒に歩けたらごほうび
まずは一歩ずつ、飼い主の動きに合わせて歩けたらごほうびを与える。飼い主に注目しにくい犬は、名前を呼んで注目を促してから歩き出すとよい。少しずつ歩数を増やしていく。
POINT
首輪チェックは欠かさずに
可能なら毎日、散歩に行く前に首輪のサイズ確認を。見た目が苦しそうでも、指が1~2本入ればOK。首まわりの毛が抜ける換毛期は、抜けないように特に注意が必要だ。
〈次のステップ〉 好物を把握しておく
環境が変わっても食べられる物があると安心
避難所などいつもと違う環境だと、水や食事を口にしないこともあり得る。これなら食べてくれるという嗜好性の高いものを探っておこう。液状のウエットタイプなら水分補給にもなる。
苦手なものをスルーする際も飼い主に注目させよう
日頃から散歩の時も歩行トレーニングを意識しておくと、災害時にも役立ってくれる。
歩いて避難する場合、慌てた人が行き交っているなど普段と異なる外の様子に、いつもは臆病ではなくても、不安を感じて歩けなくなってしまうこともある。
犬にとって頼りになる飼い主であり、そんな飼い主に声を掛けられたら注目して一緒に歩けるようにしておけば安心だ。
もちろん普段の散歩においても、他の犬など苦手なものに出会った際に、飼い主に注目させてスルーさせることもできる。
怖いのが、柴犬はパニック状態になると首輪抜けが起こりかねない。首輪抜けを予防するためには、首輪のサイズ調整にくれぐれも気をつけておくこと。バックルタイプの首輪は、ちょうどよく着けているつもりでも、いつの間にかスライド調整部分が緩んでしまうこともある。
換毛期には首まわりが1〜2cmくらいは変わってくる可能性もあるので注意しておきたい。首輪のチェックは毎日行うのが理想的だが、最低でも月1回は行うよう心がけておこう。
着せやすい服を選ぶのも大事「服に慣れる」
服を着られるようになっておくと役立つことは多い。通気性が良く、ストレッチ機能の高い(犬の足を引っ張らずに着せやすい)素材を選んであげよう。
こんな時慌てない
・避難所などで抜け毛対策として服を着せる場合
・怪我や皮膚トラブルで体を舐めるのを防ぎたい場合
・不安を緩和させる機能のある服を着せたい場合
物事に慣れさせる際は、「慣れさせたい刺激(先に与える)」→「ごほうび(後で与える)」の順番が重要となる。
まずは頭だけ通すことを練習
犬が自分から頭を通したらオヤツを食べさせる。はじめはオヤツを握って少し誘導してもよい。慣れないうちは頭を通したらすぐに抜き、少しずつ慣れさせる。
POINT
着ている間は楽しいことを
初めのうちは着たらすぐに脱がせる。また、着ている時にゴハンや遊びなど楽しいことが起こるようにすると長く着ていられるように。
練習は2人1組で行おう「マナーパンツ・ベルトに慣れる」
マナーパンツを着用する時は、どうしてもシッポを通さなければならない。シッポを触られるのを嫌がる犬が多いので、まずはそれに慣らしてから。ひとりでは難しいので、他の人にも手伝ってもらおう。
こんな時慌てない
・ 避難所などでのマーキング対策としてマナーパンツ・ベルトの着用が必要な場合
①シッポを触ったらごほうびを
ひとりがシッポを触ったら、もうひとりがオヤツを与える。繰り返し行い、触られたらいいことがあると覚えてもらう。
②シッポを通すことに慣れさせる
まずはシッポだけを通してごほうび、を繰り返す。シッポを通すことに犬が慣れてきたらしっかり着させる。
どちらも犬の様子を見ながら少しずつ段階を経て慣らす
服やマナーパンツ・ベルトに慣れておくことも、日常生活の中や災害時に役立ってくれる。
「服を着るのが苦手」「服を着せると体が固まってしまい動かなくなってしまう」という犬は意外と多い。
最初に服を着せた時、まだ服の着脱に慣れていない段階で、初めて着せられた服の違和感で犬が固まっているのに、「わあ、着られたね。かわいいね〜」と、しばらく着せっぱなしにしていなかっただろうか。
着ることには抵抗がなかった犬も、着せられっぱなしだったことで服が苦手になってしまうこともあるのだ。また、初めての服としてかわいいものを選んであげたい、という気持ちもわかるが、デザインがかわいい=着やすいとは限らない。服に慣れてもらう段階においては、少しでも犬によい印象を持ってもらうためにも、着脱のしやすさを重視して選んであげよう。
服もマナーパンツ・ベルトにしても、段階を経て少しずつ慣らしていくことは大事。着用すると楽しいことが起こるんだよ、と覚えさせながら、徐々に長い時間、着用できるよう目指していこう。
ヤマザキ動物看護大学動物看護学部動物人間関係学科講師。愛玩動物看護師。動物のストレス管理や行動修正を研究し、講演活動や動物病院での行動カウンセリングも行う。共著に『知りたい! 考えてみたい! どうぶつとの暮らし』(駿河台出版社)。
Text:Hiromi Mizoguchi Photos:Minako Okuyama
モデル:きなこ(メス・5 歳)
Shi-Ba Vol.129『備えて安心 防災トレーニング』より抜粋