日常生活の中で愛犬に言葉をかけることは多いもの。どこまで理解しているの? と思ったことはないだろうか。犬が言葉を理解する力について考えてみよう。
首をかしげるポーズ
どこからどんな音がするのかなど、情報を得るために犬も人と同じで首をかしげる。音がする方向によって右耳と左耳に入ってくる時間差があったりする。角度を変えることで、音源の位置を特定(音源定位)しているのだ。
アンテナ代わりの立ち耳
日本犬など立ち耳の犬の場合、話かけられた音がする方へと耳を向けて、広げて見せることがあるだろう。それは人の声を聞くのに注意をはらっている時のしぐさ。立ち耳はアンテナ代わりの役割をしており、集約した音が入ってくるのである。
空気を読むスキル
言葉そのものではなく、飼い主が怒っていたり、喜んでいる感情が声に表れると、その状況を理解していると思われる。また例えば人はストレスを感じると体から発するにおいが変わると言われているが、そんな変化からも犬は人の感情に気づく。
2〜3単語程度の文章なら覚えて理解することは可能
「オヤツ食べる?」「散歩に行くよ」など、愛犬に言葉をかけることはよくあるのではないだろうか。
まず、犬は人間の言葉をどの程度まで理解していると考えられるのかを菊水先生に聞いてみた。
「犬種によっては400単語くらい覚えられる能力があるだろうと言われています。ただ、複雑な文章を理解できるかと言うと、それは人間だけにしかできないのです」
「ボールを持ってきて」のような2~3単語程度の組み合わせであれば覚えて理解できる。だが、例えば「ボールを持ってこなくてもいい」のように否定文が入ってくるなど複雑な文章になると、人は理解できても犬は理解できないとのこと。なので、愛犬に対してはできるだけシンプルな言葉をかけてあげるようにしたい。
犬が飼い主からかけられた言葉に対して注意をはらう際に、首をかしげるようなポーズをとる。そんな姿にキュンとする人も少なくないはず。上で紹介しているように、その行動にもきちんと意味があるのだ。そして日本犬のような立ち耳の犬種の場合は、アンテナ代わりとなる耳の動きを見ていれば、かけられた言葉を聞いているかどうかがわかる。
右脳のはたらきー聞こえた声の調子などで相手の感情を察する
言葉をかけられた際の声の抑揚や調子など、その言葉の端々にのってくる相手の感情(怒っているのか、喜んでいるのかなど)処理するのに右脳をよく使う。これは犬も人も同じ。
左脳のはたらきー言葉そのものに対して理解する際にはたらく
かけられた言葉そのものに対して、何と言われたのかな? と意味を理解しようとする際に左脳が中心として使われる。このはたらきは犬も人と同じであることが実験によってわかっている。
コトバの理解のメカニズム
MRI装置を使い、人間に言葉をかけられた際の犬の脳の動きを調べた論文が発表されている。
あらかじめオヤツなどを用いてMRI装置の中におとなしく入るようトレーニングしたうえで、飼い主や知らない人などがいくつかのパターンの声かけをするという実験を行った結果、音の処理において上記のように右脳と左脳での機能に違いがあるのがわかった。
人の場合も右脳左脳の機能は少しずつ違うと言われており、犬の場合も人の脳と同じ反応だったのである。
理解力の高い犬種とは?
犬は人との暮らしにおいて目的に合わせて犬種が作られてきた。ボーダーコリーなどのハーディング系(牧羊犬)は、羊の群れを集める、移動させるなど、飼い主の言葉の指示によって動く必要がある。そのため音に対しての反応がよく、覚える能力に長けている犬種と言えるだろう。
ただし、必ずしも犬種によって理解力に差があるとは限らない。犬種というよりも、個体差によるものが大きい。遺伝や育ってきた環境による影響が重要なのだ。
言葉の理解度が高くなるかは個体差と環境に影響される
言葉の理解度が高いかどうかはあくまでも個体差ではある。だが、犬種としては上で述べているようにハーディング系が挙げられる。
では、日本犬は犬種的にどうだろうか。「日本犬は立ち耳ですし、音に対する反応はいい方に入ると思います。加えて、言葉を理解しようとする姿勢は狩猟犬としてのルーツにも関係しています。
森の中で獲物を追う時には、飼い主の姿は見えなくなります。飼い主の声かけや犬笛など、コミュニケーションは音に頼らざるを得ない状況でしたから、その点でも音に対する能力は持っていると考えられます。
ただ、何度も繰り返しますが、日本犬だから全ての犬が同じなのではなく、個体差と置かれている環境が影響しているということを忘れてはなりません」
そして、個体差だけでなく年齢によっても理解度には違いがある。
「高齢になれば耳が遠くなってしまうので、どうしても若い頃に比べると反応は悪くなります。性差があるかどうかははっきりわかってはいません。若い時は学習能力も高いですから、その頃からいろいろ声をかけてコミュニケーションをとってあげるといいですね」
もっと深掘り!犬のコトバのQ&A
犬と言葉に関連したいくつかの素朴な疑問を、菊水先生に聞いてみた。もっと詳しく知ることで、愛犬との生活にもきっと役立つはず!
Q. 立ち耳と垂れ耳で聞こえ方に差はあるの?
A .立ち耳はアンテナ代わりになっている分、微妙な音も聞こえやすいもの。垂れ耳は立ち耳に比べると音への反応は弱くはなりますが、よく見ると耳の付け根を立てるように動かしています。
Q. 犬の理解力は人間の2〜3歳レベルって本当?
A. 2~3歳児でもその子によって理解力に違いがあります。ただ、人が持つ言語能力は高く、2~3歳児は表現ができないだけで言葉の文脈などたくさん吸収しています。それと比べると犬のレベルは低いと言えます。
Q. 叱る時の注意点は?
A. 叱る時に「○○ちゃん、ノー」と犬の名前は使わないこと。いざ呼び戻す際に大きな声で名前を呼ぶと、犬は怒られていると勘違いして戻らない可能性があるからです。ほめる時には名前を入れてあげましょう。
理解しやすい言葉を使ってより良い関係を築いていこう
MRIで犬の脳の動きを調べた研究では、飼い主からほめ言葉をかけられた際に〝線条体〞と呼ばれる部位が活性化することがわかった。
線条体は、脳の一番奥深い所にあり、行動と快感を結びつけてやる気を起こさせる部位である。
「また、コミュニケーションをとり続けることで互いの関係が深まり、飼い主さんの気持ちが犬に伝わりやすくなる(情動伝染)ことは、麻布大学の研究でもわかっています。多くの飼い主さんは日常生活の中で愛犬に話しかけているでしょうから、言葉の理解度はより良い関係性と比例すると思います」
言葉をかける際に気をつけたいこととしては、複雑な文章ではなく、犬が理解しやすい言葉を使うこと。
家族がいる場合は、犬に対する言葉を統一しておく。「スワレ」や「オスワリ」など人によって違うと犬は混乱してしまう。加えて、人がよく使う言葉を使わないことも大切。
例えば「ダメ」と子供に対して言ったのに、犬は自分に言われたと勘違いする場合もある。そのため、犬には「ノー」と言うなど区別することで覚えやすくなる。これらを踏まえて良い関係を築いていきたい。
監修:菊水健史先生
麻布大学獣医学部応用科学科介在動物学研究室教授。獣医学博士。専門は動物行動学。動物の心や未知の能力の解明を目指して研究を行う。
主な著書に『犬のココロを読む』(岩波書店)、『日本の犬』(東京大学出版会)などがある。
Text:Hiromi Mizoguchi
Photos:Miharu Saitoh、Teruhisa Tajiri
※Shi-Ba vol.126 「耳と脳をフル活用!知られざるコトバの理解力」より
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