犬は普段何を、どういう方法で物事を考えているのか?これまた、かなり深いテーマであるが、現在犬の思考パターンについては研究が進み、多くのことが分かっている。それらを理解し、違いを認めた上で共通点を探る。これが愛犬との関係をさらに深めるのは間違いない。科学、行動学の見地から、犬の思考パターンについて探っていこう。
言葉では考えない
犬と人間では言葉の理解を司る大脳新皮質の量と大脳を占める前頭葉の比率が大きく違う。音として言葉を聞き取り覚えることはできるが、言葉を使って思考したり、高度に理解したり、感情移入することはできない。
例えばオスワリと言えば座るように教えられるが、合図として覚えているだけ。仮に『餃子』という言葉をオスワリの合図にして教えても、オスワリをする。言葉の本質は理解できていないのだ。
言語の獲得は、動物が高度な思考を持つうえで、大きな影響を及ぼす。例えば、犬の思考には人間のように、自尊心や羞恥心がないと言われている。
脳科学者の論を参考に考えた結果、犬は人間のように3単語+αを理解できないので、『私』、『あなた』『好き』という単語の意味を理解しても、私が●●をした、あるいはあなたが●●をしたというような考え方ができない。だから、犬は人間のように、他人と自分を比べたり、周囲の目を気にすることはしない。
犬は嫌がらせをしないと言われているが、これも言葉の獲得ができないことが理由。『私は、あいつが苦しんでいて、嬉しい』と、犬は考えられない。相手がどうというより、自分がどうか?これが基本。言語の獲得は多くの影響を与える。
ただ、だからといってコミュニケーションがとれないわけではない。犬は言語の代わりに表情やカーミングシグナルなどたくさんのコミュニケーションツールを持っている。
学習と経験で思考する
犬の思考の基本になるのは、経験からの学習。すなわちAが起こったらBが起こるというパターンで覚える。それを、記憶に蓄積していて、そのパターンに沿って行動する。その時になぜAが起るとBが起こるのか? という思考はしない。この思考を理解すると、人間からしたらなぜできないんだ? と思ってしまうことも、理解ができる。
例えば、オスワリしてからフセという手順を教える。その逆もできるかな、と思いきや、フセからオスワリという順番で行動はできない。そのパターンも新たに練習する必要がある。
オスワリとフセを流れで教えた場合、フセだけではできないというのもこれが理由。だが、流れを繰り返すうちに、言葉の音や飼い主のしぐさからオスワリ、フセの区別はできるようになる。そして、パターンからはずれても柔軟にこなせるようになる。
犬は、飼い主や周囲の人の行動を観察し、次に起こることを察知するのが得意な印象がある。それは、パターンで思考しているからだろう。「次何が起こるか、どういった行動をとればよいか」のヒントを探しているのだ。
飼い主を喜ばせたいと思って行動するのは嘘?
人間は、相手の気持ちを読み、自分の不利益をこうむってまでも、相手を喜ばせようとすることがある。これは、夫婦関係や職場、人間関係において重要な能力だ。気を遣ってばかりで、嫌になってしまうこともある。一方、犬はそういう考え方はしない。
犬には他者の気持ちを理解する能力は私たちほどはない。犬が考えていることは、自分に利益があることをしたい、あるいは危険が起こることを避けたい、の2つだけ。犬の思考はとてつもなくシンプルなのだ。余計な邪念はないのである。
善悪というのは人間が作り出したもの。とても抽象的なものなので、犬に教えるのは無理。
だから、例えばゴミ箱をあさるのが悪いことという判断はつかない。ゴミ箱をあさる理由は、たいていの場合、以前そこに食べるものがあったから。対処方法はゴミ箱を犬が届かない場所に置く。または好ましい行動をした時にごほうびをあげ、ゴミ箱をあさるより簡単にオヤツをもらえる方法を教える。
思考パターン1
飼い主の行動や様子は犬の思考パターンに影響する
犬の思考や行動パターンは飼い主の行動にも、強く影響されることがわかっている。
犬と、その飼い主の前で、扇風機にひらひらした紙をつけて回す。普通、犬にとって恐怖を感じる対象だと思われるが、飼い主が犬の横でにこにこしていると、安心するのか扇風機を怖がらずに近づいて様子を観察する。笑顔が何を意味するか、犬は飼い主との密接な生活の中で学んでいっているのだと考察できる。
また、こういう実験もある。2つ食器を用意し、両方にオヤツがあることを犬に確認させる。そして、片方の食器に調査者が近づき、それをぱくっと食べて、その場から離れる。その後、犬を自由にさせると普通、オヤツが残っている方に行くが、4回に3回くらいの割合で、人間が食べてオヤツがない食器の方に行く。オヤツがそっちにないのはわかっているはずだが、人間の動きに犬がどれほど依存し、どれほど思考に影響を与えるかよくわかる実験。飼い主だともっと影響は強いだろう。
一方、同じ条件で人ではなく別の犬が、片一方の食器のオヤツを食べるのを見た後に犬を自由にすると、犬の選択はでたらめになるという。これは、他犬の行動は犬の思考に人間ほど影響を与えないということを意味する。
思考パターン2
犬は他者の行動をヒントに思考することができる?
人間は他者の行動をヒントに自分の行動を変えることができる。犬にもその思考ができるのかを試した実験。
軽く開きやすいドア、重く開きにくいドア、2つのドアの前1mくらいで飼い主に犬を軽くおさえてもらう。オヤツの入ったボウルを犬に見せ、ドアの裏に置く。共に、犬が鼻で押すと開くドアだ。ドアの下からボウルを見せ、犬に鼻先をドアにあてさせることで、軽いドア、重いドアがあることを確認させる。その後、でたらめにドアのどちらか一方を重いドア、他方を軽いドアにして、調査員が重いドアは重そうにあけ、軽いドアは軽くたたいて開けた。その姿から、犬はどちらのドアが簡単に開けられるか予想することができるか? という実験だ。
その一連の流れを見た犬を自由にし、どちらのドアを開けてオヤツを得るかを観察した。結果は25頭のうち20頭が、軽いドアを選んだ。この実験結果の意味をざっくり言うと、犬は人間の行動や様子をヒントに、どちらのドアを選ぶと簡単にオヤツを得ることができるか判断ができたということ。つまり、自分の経験を人間の行動に投影したのだ。着目すべき点は、これが人間という別の動物の行動をヒントに行えること。
逆に、他犬の行動から、ヒントを得ようとすることは少ない。ここからも、飼い主の行動がどれほど犬の思考に影響を与えるかがわかる。
犬の思考はシンプルなようで実は深い?
やはり、犬の思考パターンは、人間となかなか似ている。特に注目したい類似点は、楽しいことが好きで、それを繰り返そうとすること。人間の場合、そこに羞恥心や、自尊心が関係し、その行動を止めることもあるが、犬にはそんな余計な感情はないので、好ましい行動を教えたい時は、誘導をしやすい。
つまり結果的に犬が喜ぶことが起きるようにすればいい。これは、おおいにしつけに活かしたい点である。
また楽しい時に分泌されるドーパミンも学習能力を高める。実はドーパミンがでると、記憶力もアップする。人間も好きなことを勉強すると、割とすぐに覚えることが出来る。
このように、犬の思考パターンはとってもシンプルである。だが、それだけで片付けられないのも犬の思考の深さ。慈悲深い行動をとった犬の行動の報告は、たくさんある。科学的にも行動学的にも、犬の思考についてはまだまだわかっていないことが多い。意外と、人間の想像を絶するようなことを考えているのかも。世界平和とか。
人気のキーワード:
#しつけ #ごはん #シニア犬 #健康管理
#性格 #散歩 #気持ち #病気 #おでかけ
#ケア #子犬 #性別
Shi‐Ba vol.86『似ているようでちょっと違う人と犬の考え方 もの思ふ犬の思考パターンを探る』より抜粋
※掲載されている写真はすべてイメージです。