犬の嗅覚は感覚器の中で最も発達しており、最大で人の1億倍の高性能を誇る。祖先のオオカミから、生存に関わる重要な感覚器として受け継がれてきた。人が視覚で見ている世界とは異なるにおいの世界を感じてみよう。
においを効率よく集めて分析する驚異の嗅覚
動物は感覚器によって得た情報を脳に伝え、世界を捉えている。主な感覚器は視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚である。
人は特に視覚が発達しているので、情報の多くを目で受け取り、世界を見ている。一方、犬は人のように視覚が発達していないため、赤が見えず焦点を結ぶことも苦手。
捕食動物なので獲物の動きに反応する動体視力は優れているが、観察は得意ではない。
犬にとって視覚の代わり、あるいはそれ以上の役割を持つ感覚器が嗅覚である。その機能は極めて優れており、人の数万倍から1億倍ともいわれる。鼻でにおいを効率よく収集し、脳で情報を的確に分析する高性能のシステムの賜物である。
鼻孔は左右別々に動き、鼻腔内は吸い込んだにおいの分子を逃さない。
大脳皮質の嗅覚野は人よりもはるかに広く、においの情報を記憶、処理する能力に長けている。人が目で見たものを覚えるように、犬は嗅いだにおいで記憶するのだ。これらのシステムによって、犬は人が知り得ないにおいの世界を感じている。
犬の嗅覚のしくみは『その嗅覚からアピール力まで徹底解剖!シットリ語る日本犬の鼻』で詳しく紹介している。
本特集では彼らが生きるにおいの世界をのぞいて、いや嗅いでみようではないか。
犬はにおいで何がわかる?
■嗅覚で天気予報ができる
犬は室内にいても外の天気がわかる。最も優れた感覚器である嗅覚を使って探っているのだろう。雷が苦手な犬は、雷鳴が聞こえる前から怖がり始めることがある。犬の聴覚は人の約4倍なので、人には聞こえない雷鳴に気づいた可能性もあるが、聴覚よりはるかに優れた嗅覚で察知している可能性が高い。
■嗅覚で好みを判断する
犬は食べられるものと食べられないものをにおいで区別している。視覚や味覚は人のように発達していないので、好みのにおいであれば食べる。散歩中の拾い食いは飼い主を悩ませる行動だろう。野生動物であれば慣れないにおいのものは口にしないが、現在の犬は危機管理の本能が薄れぎみ。気になるにおいのものがあると、確かめるためにとりあえず食べてみる、という犬もいる。逆に、おいしそうに見えても好みのにおいでなければ口にしない。
■酢酸や酪酸を嗅ぎ分ける
犬は捕食動物なので、獲物(生物)に関するにおいによく反応する。例えば酢酸(体臭)には人の1億倍、酪酸(脂肪のにおい)には約80万倍の精度で感知する。警察犬が人の足跡を追跡する時、靴の縫い目から足跡にわずかに残された汗のにおいを嗅ぎ分けてたどっているのだ。精密機械も及ばぬにおいの世界である。
■遺伝的なにおいを感知
人は他者の容姿で個体識別するが、犬はにおいで個体識別している。犬に人の個体識別をさせる研究によれば、遺伝子的に近い双生児の区別は難しいとか。飼い主の服装が変わっても識別できる理由は、変化しにくい遺伝的なにおいを手がかりにしている可能性がある。視覚よりも嗅覚に頼っていることもうかがえる。挨拶代わりににおいを嗅ぐのは、相手の情報を収集して記憶する意味もあるのだろう。
■家族群で暮らした名残
祖先のオオカミは家族群で生活する動物だ。両親を中心とした小規模の群で、マーキングによってテリトリーや自分の存在をアピールしていたので、敵と味方を判断することは重要だった。それは現在の犬にも本能的な部分で受け継がれている。
■体の部位を嗅ぎ分ける
警察犬や麻薬探知犬など、特定のにおいに反応する訓練を受けた犬は、無数のにおいが混じり合った中から目当てのにおいを嗅ぎ分けることができる。鼻腔内の優れた構造に加え、情報の分析を司る脳の嗅覚野も発達しているからだろう。日数をかけて訓練された犬は、人の「ひじ」と「手」のにおいを嗅ぎ分けられるようになる。嗅覚が優れた犬にとっては、嗅ぎ分けるべきにおいを理解する方が難しいかもしれない。
■子孫を残しライバルを判別
犬は鋤鼻器というフェロモンを敏感に感じ取る副嗅覚器を備えている。人は退化してしまった器官だ。においで個体識別する犬にとって、子孫を残すためには、相手の性別を判断することが特に重要だ。また、同性であればライバルとして戦わなければいけない場合もある。生きるために必要な器官だったのだろう。
■無臭のものは認識しない
においの世界に生きる犬にとって、においがしないものは存在を認識できないのかもしれない。例えば、テレビに映った犬を「生きている犬」とは思わないようだ。動体視力は優れているので、動いているものに反応はするが、視覚は人のように発達していないので、「正体不明の何か」という認識になるだろう。
■食べ物のにおいを感知
子犬は自分のウンチを食べてしまうことがある。食糞と呼ばれるこの行動には、食べ物のにおいが残っている、未消化物の食べ物が混ざっている、といった理由がある。きれい好きな日本犬でも、子犬の頃は食糞をする犬も見られるが、成長とともに自然に収まるケースが多い。しかし、他の犬や猫のウンチは別。食べ物のにおいを感じれば食べてしまうことも。
嗅覚で情報を集めて分析し、自らのにおいで個体識別
犬の嗅覚が極めて発達した理由は、祖先であるオオカミの頃から嗅覚が優れた個体が生き残り、子孫を増やしてきたから。
犬の嗅覚の感度はにおいの種類によって異なり、特に動物には敏感に反応する。野生で生きていた頃から、獲物を追跡したり敵から逃れたりするために、優れた嗅覚が必要だったのだろう。
生きるために必要な能力を持つ個体が、生存に有利だったことは間違いない。家畜化されるはるか以前から、強い自然選択を受けてきたと考えられる。
また、嗅覚とにおいはコミュニケーションにも使われてきた。肉食獣は肛門の左右に『肛門腺』という臭腺の袋がある。中には強いにおいの分泌物が入っていて、個体識別の役割を果たす。
犬は挨拶の時にこのにおいを嗅ぎ合い、互いの情報を確認している。自分のにおいを嗅がれることを嫌がる犬もいるが、挨拶が下手なわけではない。神経質な犬や防衛意識の強い犬は、無防備なお尻を嗅がれることを嫌うので、犬の気持ちを尊重ししよう。肛門腺の分泌物のにおいはマーキングにも使われる。
現在の犬には、優れた嗅覚で生き抜いた祖先の能力が受け継がれているのだ。
【シットリ語る犬の鼻】その嗅覚からアピール力まで徹底解剖!
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Shi‐Ba vol.83『優れた嗅覚の使い方とは?においで分かる犬の世界』より抜粋
※掲載されている写真はすべてイメージです。